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TODAY IN MUSICAL MARGINS

SEP.26

ドヴォルザークが、
船から
降りられなかった日。

読了 約2分
1892年の汽船甲板に立つドヴォルザークとニューヨーク港を描いた想像図。人物や配置は史料による当日の再現ではありません。
1892年の汽船と港をもとにしたAI生成の想像図。人物の姿や配置は史料による当日の再現ではありません。

1892年9月26日、ドヴォルザークを乗せた汽船《ザーレ》がニューヨーク港に着いた。新しい仕事は、アメリカの音楽学校の院長。妻と二人の子、同行者のヨゼフ・コヴァジークも一緒だった。けれど、港に着いたこの日、一行は船を降りられなかった。

船旅は九日間。作曲家が後に書いた手紙では、海が激しく荒れた日があり、妻と子どもたち、コヴァジークは船酔いで二日ほど食事もできなかったという。ところが本人は、一度も具合を悪くしなかったと振り返る。《新世界より》が生まれるのは翌年。先に手紙に残ったのは、船酔いしなかったという報告だった。

それでも港では検疫が待っていた。《ザーレ》が26日に入港しても、乗客たちは船にとどまる。翌27日、ようやく陸に足をつけたと伝わる。海を渡りきったことと、船から降りることは別だった。新天地を目前にしても、この日はまだ船の上。作曲家も、手続きを待つ乗客の一人だった。

CZECH RADIO

資料を確かめる

チェコ・ラジオの記事は、汽船が9月26日にアメリカ沿岸へ着き、検疫を経て翌日に上陸した経緯と、ドヴォルザークが手紙に記した船酔いの話を紹介しています。

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出典・参考

  1. Antonín Dvořák — “New York” — Dvořákの伝記サイト。汽船《ザーレ》のニューヨーク港到着日、検疫で一日船内にとどまったこと、翌27日午後の上陸、九日間の航海と手紙の引用、1893年の《新世界より》作曲時期を確認。著者・公開日不明。
  2. Pavel Novák/iROZHLAS(チェコ・ラジオ):“Před 130 lety připlul Antonín Dvořák do Ameriky. ‚Vítají mne jako největšího skladatele světa,‘ psal” — 公共放送の記事、2022年9月27日。旅の同乗者、船酔いについての本人の手紙の引用、9月26日の到着と翌日の上陸を確認。
  3. Prokop Jelínek/Česká filharmonie:“Dvě a půl sezony za oceánem. Co dal Dvořák Americe a co dala Amerika jemu” — チェコ・フィルハーモニーの解説記事、2024年12月3日。九日間の航海、9月27日の上陸、9月24日に二等船室の乗客が船員のために開いた演奏会と《スラヴ舞曲》ト短調を記す本人の手紙を確認。
  4. Veronika Vejvodováほか編/チェコ国立博物館:Correspondence of Antonín Dvořák online, record 1988 — 1892年6月20日付の国立音楽院からの書簡記録。9月17日ブレーメン発の《ザーレ》に客室を確保した文面の翻刻。自筆原稿ではなく、オンライン掲載の翻刻を確認。
  5. チェコ国立博物館 “Skladatel Antonín Dvořák vášnivě miloval vlaky” — 博物館記事、2014年3月20日。上陸日を9月28日と記し、27日とする複数資料と食い違う。
  6. Christoph Vratz/Berliner Philharmoniker:“Antonín Dvořák in America” — 楽団の歴史記事。9月26日に税関を通りホテルへ向かったという筋書きで、検疫中として9月27日上陸とする複数資料と両立しないため、本文の根拠には採用していない。
  7. J. E. Vojan, Antonín Dvořák(1941), p. 10 — Wikisource transcription — 1941年刊の伝記の翻刻は《ザーレ》が9月27日午後3時にニューヨークの埠頭へ着いたと記す。到着日を9月26日とする資料と食い違うため、本文の根拠には採用していない。

資料確認日:2026年9月25日。チェコ・ラジオとチェコ・フィルハーモニーの記事は、ドヴォルザークの手紙を翻刻・翻訳して紹介した二次資料であり、自筆原稿を直接確認したものではありません。港への到着を9月26日、上陸を翌27日とする資料が複数ある一方、9月28日または9月27日を入港日とする記述もあります。本文では検疫と日付を明記する資料に従い、上陸日は「伝わる」と表現しました。歴史上の日付は各資料のグレゴリオ暦表記です。

掲載対象日:

今日は何の日――音楽史の余談

教科書の横に落ちている、小さな音楽史を拾います。

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